SAS
もはや評価の埒外にあり、「日本人の前提」にまで成り得た存在のサザンオールスターズ。
我々がサザン的なるものを当たり前のものとして受け入れていったのには何かワケがありそうである。
彼の“グレイトサザン”も、最初は単なるお気楽な「学生バンド」であった。
桑田佳祐の慧眼は、ズバリ「面白きゃいい」という視点。
そのアイデアをもってして「ロック対フォーク」、「ロック対歌謡曲」というイデオロギーにがんじがらめになっていた時代をからかった。すなわち「脱理念」である。
どちらも「芸能」だろ!
言いたかったのはそれだけだと思う。
オチャラケで武装しつつ、捨て身で、また、軽やかに当時の音楽界を小馬鹿にしまくるラディカルさの裏にあったものは、学生ならではの無責任なスタンスだ。腰掛け程度でサイナラする、覚悟とは程遠い“チャラさ”、それを原動力としたはずである。
やがて、いつしか日本人はサザンに多くを期待するようになった。そして、サザンもそれに応え、一端の“切ない”国民的バンドになっていく。
サザンと「たらこスパゲティー」は似ている。
外食をする日は、よそ行きの服装をするような雰囲気の名残りが社会にまだあった時代である。
時折しも、サザンの出現あたりからちょうど外食産業が盛んに起こってくる。もうわざわざよそ行きの格好をして外食しなくても良い時代の始まりだ。
安値で、高品質、安全で、バリエーション豊富なメニューを安定供給。そしてその中には必ず「たらこスパゲティー」的な“和風アイデア料理”があった。
イタリアンレストランで本格的にペスカトーレを食べるか、高級洋食店でナポリタンを食べるかしかなかった階級的価値観の日本人に、身の丈に合う味わいを突きつけたのがサザンオールスターズだ。
「あんなものスパゲティーじゃない!」、特権的守旧派は認めなかった。それに対し「スタイルじゃねえ、美味きゃいいんだよ」、桑田はそう吼えた。
桑田のアプローチとは、“暑いか寒いか”の「極」にはない、「ちょうどいい」という曰わく言い難い真ん中を取ることである。
時代自体は、面白ければなんでもあり、金儲け出来ればなんでもありな風潮。今まさにそこへ傾倒していく前夜、いち早く歌謡界にあった理念的な「べき論」を打破した格好だ。歌は言葉をきちんと伝えるべき、ロックは反逆であるべき…云々…
ところで「べき論」はぬるま湯である。そこにいれば安心が得られる。桑田はそこに安住しようとはせず、茨の道「中道」という不安定を選んだ。というより、めちゃくちゃハイパーな、常人には真似出来ない、思想的達人、否、超人の領域へと踏み込んだ。逆に言えば、「べき論」とは、葬式宗教のごとき形式的なお題目教であり、凡庸な人にとって逃げ込み易い精神的駆け込み寺なのでる。普通はそうなるのだ。
彼がしたことは、格闘技で言えば、ボクシングとプロレスのどっちが強いという問いの最中、「ケンカで強い奴が強いよ」という腑に落ちる解答であった。
昔はミュージシャンを目指す人間などと言うものは、特権的な一部の人間に限られていた。
「教養」という“無駄”を享受出来るのは裕福な階級の人々がやることで、または、極度の貧困や差別という“逆の特権”を有した者が不良性のツールとして切実に体現していくもの。
いずれにせよ庶民は、例えば「キャロル」をやるにも“お高い感じ”、あるいは、相当の背伸びが必要だったのであり、動機を探さなければいけないものと思っていた。
桑田佳祐がやらなくとも誰かがやったことではある。でも桑田佳祐でなければ成すことが出来得なかった時代的偉業でもあると思う。
私は、単に、サザンオールスターズはたらこスパゲティーであるという見立てをしたいのではない。
サザンの歌は、ファミレスのメニュー達のように容易い、また、そうなるよう彼らのブレーン達はサザンを外食産業化させてもきた。
私が言いたいのは、サザンオールスターズに任せてまで得たい日本人の変わらぬ資質である。
いわゆる「本格派」信仰があるが、日本にとっての本物志向は、とどのつまり“三輪明宏の自宅”のようなもの。ゲテモノである。「そういう人」でおしまいだ。
好きな音楽だけやっていれば「本格派幻想」の枠内にいることが出来、且つ「独自の世界観の人」で消費されて行ったろう。葛藤もあったろうが、結局サザンは「日本人」の生贄となり、「日本人の耳」にこだわった。“変らぬ日本風のもの“というある種の「妖怪」と対峙し続けたのである。
「ここを押すと悦ぶ」というツボが解ってはいても、捕まらないためにあえて外してみたり。頑なにニュートラルな位置をずらさないトリックスターであるという意味で桑田は、同時代に同じような思想性で次々に世の中から一本取っていったビートたけしとやり口が非常によく似ている。
ビートたけしは、自身のあるべき像を「米の芸人」と喩えた。「飽きられない」というのである。桑田、及びサザンオールスターズも似た立ち居地だ。
いつ頃からだろう、自己模倣を繰り返すうちにか、桑田の書く詞から意味的なものが薄れていってるのを感じた。音楽的に気持ちのよろしいものでしかなくなっていたのである。
彼の初監督作映画「稲村ジェーン」を見た時感じた違和感が忘れられない。サザンは曲を聴いて映像イメージしてる方がいい。逆に言えば、それだけ独立、自立した歌詞なのである。
どうしょうもなく個性的な「桑田節」でコーティングしてはいるが、余計な「主張」をしないという決め事でアーティストであることを諦め、「芸能化」したのではないか。「勝手にシンドバット」時代ならいざ知らず、何かをメッセージすることを辞め、“何も言わない“ことが国民的歌手になることだと悟ったようである。恐るべし「日本人の資質」。また、自ら骨を抜いてみせたサザンは怪物だ。しかし、「日本の風景」になるとはそういうことなのである。
活動休止は桑田圭祐の人間宣言、つまり「アーティスト宣言」だと思う。ご苦労様と言いたい。
我々がサザン的なるものを当たり前のものとして受け入れていったのには何かワケがありそうである。
彼の“グレイトサザン”も、最初は単なるお気楽な「学生バンド」であった。
桑田佳祐の慧眼は、ズバリ「面白きゃいい」という視点。
そのアイデアをもってして「ロック対フォーク」、「ロック対歌謡曲」というイデオロギーにがんじがらめになっていた時代をからかった。すなわち「脱理念」である。
どちらも「芸能」だろ!
言いたかったのはそれだけだと思う。
オチャラケで武装しつつ、捨て身で、また、軽やかに当時の音楽界を小馬鹿にしまくるラディカルさの裏にあったものは、学生ならではの無責任なスタンスだ。腰掛け程度でサイナラする、覚悟とは程遠い“チャラさ”、それを原動力としたはずである。
やがて、いつしか日本人はサザンに多くを期待するようになった。そして、サザンもそれに応え、一端の“切ない”国民的バンドになっていく。
サザンと「たらこスパゲティー」は似ている。
外食をする日は、よそ行きの服装をするような雰囲気の名残りが社会にまだあった時代である。
時折しも、サザンの出現あたりからちょうど外食産業が盛んに起こってくる。もうわざわざよそ行きの格好をして外食しなくても良い時代の始まりだ。
安値で、高品質、安全で、バリエーション豊富なメニューを安定供給。そしてその中には必ず「たらこスパゲティー」的な“和風アイデア料理”があった。
イタリアンレストランで本格的にペスカトーレを食べるか、高級洋食店でナポリタンを食べるかしかなかった階級的価値観の日本人に、身の丈に合う味わいを突きつけたのがサザンオールスターズだ。
「あんなものスパゲティーじゃない!」、特権的守旧派は認めなかった。それに対し「スタイルじゃねえ、美味きゃいいんだよ」、桑田はそう吼えた。
桑田のアプローチとは、“暑いか寒いか”の「極」にはない、「ちょうどいい」という曰わく言い難い真ん中を取ることである。
時代自体は、面白ければなんでもあり、金儲け出来ればなんでもありな風潮。今まさにそこへ傾倒していく前夜、いち早く歌謡界にあった理念的な「べき論」を打破した格好だ。歌は言葉をきちんと伝えるべき、ロックは反逆であるべき…云々…
ところで「べき論」はぬるま湯である。そこにいれば安心が得られる。桑田はそこに安住しようとはせず、茨の道「中道」という不安定を選んだ。というより、めちゃくちゃハイパーな、常人には真似出来ない、思想的達人、否、超人の領域へと踏み込んだ。逆に言えば、「べき論」とは、葬式宗教のごとき形式的なお題目教であり、凡庸な人にとって逃げ込み易い精神的駆け込み寺なのでる。普通はそうなるのだ。
彼がしたことは、格闘技で言えば、ボクシングとプロレスのどっちが強いという問いの最中、「ケンカで強い奴が強いよ」という腑に落ちる解答であった。
昔はミュージシャンを目指す人間などと言うものは、特権的な一部の人間に限られていた。
「教養」という“無駄”を享受出来るのは裕福な階級の人々がやることで、または、極度の貧困や差別という“逆の特権”を有した者が不良性のツールとして切実に体現していくもの。
いずれにせよ庶民は、例えば「キャロル」をやるにも“お高い感じ”、あるいは、相当の背伸びが必要だったのであり、動機を探さなければいけないものと思っていた。
桑田佳祐がやらなくとも誰かがやったことではある。でも桑田佳祐でなければ成すことが出来得なかった時代的偉業でもあると思う。
私は、単に、サザンオールスターズはたらこスパゲティーであるという見立てをしたいのではない。
サザンの歌は、ファミレスのメニュー達のように容易い、また、そうなるよう彼らのブレーン達はサザンを外食産業化させてもきた。
私が言いたいのは、サザンオールスターズに任せてまで得たい日本人の変わらぬ資質である。
いわゆる「本格派」信仰があるが、日本にとっての本物志向は、とどのつまり“三輪明宏の自宅”のようなもの。ゲテモノである。「そういう人」でおしまいだ。
好きな音楽だけやっていれば「本格派幻想」の枠内にいることが出来、且つ「独自の世界観の人」で消費されて行ったろう。葛藤もあったろうが、結局サザンは「日本人」の生贄となり、「日本人の耳」にこだわった。“変らぬ日本風のもの“というある種の「妖怪」と対峙し続けたのである。
「ここを押すと悦ぶ」というツボが解ってはいても、捕まらないためにあえて外してみたり。頑なにニュートラルな位置をずらさないトリックスターであるという意味で桑田は、同時代に同じような思想性で次々に世の中から一本取っていったビートたけしとやり口が非常によく似ている。
ビートたけしは、自身のあるべき像を「米の芸人」と喩えた。「飽きられない」というのである。桑田、及びサザンオールスターズも似た立ち居地だ。
いつ頃からだろう、自己模倣を繰り返すうちにか、桑田の書く詞から意味的なものが薄れていってるのを感じた。音楽的に気持ちのよろしいものでしかなくなっていたのである。
彼の初監督作映画「稲村ジェーン」を見た時感じた違和感が忘れられない。サザンは曲を聴いて映像イメージしてる方がいい。逆に言えば、それだけ独立、自立した歌詞なのである。
どうしょうもなく個性的な「桑田節」でコーティングしてはいるが、余計な「主張」をしないという決め事でアーティストであることを諦め、「芸能化」したのではないか。「勝手にシンドバット」時代ならいざ知らず、何かをメッセージすることを辞め、“何も言わない“ことが国民的歌手になることだと悟ったようである。恐るべし「日本人の資質」。また、自ら骨を抜いてみせたサザンは怪物だ。しかし、「日本の風景」になるとはそういうことなのである。
活動休止は桑田圭祐の人間宣言、つまり「アーティスト宣言」だと思う。ご苦労様と言いたい。
- 2009.02.07 Saturday
- 【音楽】
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